ノンデタベテウタッテ飛んで、またノンデ。香港他アジア近辺でのキャメロンライフをご紹介していきたいと思ってます。


by dragonsommelier
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2005年 03月 29日 ( 1 )

教官になった理由・・・・それはあくまで○○○○だった。

ここでいう教官(キャビンクルーインストラクター)というのは、スチュワーデスが候補生として入社してから、実際にフライトに乗務するまでの6週間、サービスを教えるインストラクターのことをいうのだが、昔でいうと「スチュワーデス物語」の風間杜夫(彼はパイロットだったか?)、最近でいうところの「GOOD LUCK!」の黒木瞳(このドラマでは、彼女は地上に降りて教官になることを勧められたが、サービスの現場でCAとしてお客様に接していたいという理由で断ったんだったな・・・。)である。

私が学生の頃、夢に描いていた職業はやはりスチュワーデスだった。なれるわけないと思ってたし、夢の夢のそのまた夢の話だった。人にその夢の話をするのでさえ、恥ずかしくて言えなかった。

D社にラッキーにも拾われて、早11年。客室乗務員としてフライトに乗務しながら、教官(キャビンクルーインストラクター)になったのは、入社してからやっと丸5年が過ぎた頃だった。まだまだ青二才の私がなぜインストラクターになろうと思ったのか?なろうと思った訳ではない。人生のいたずらか、自分の意志とは全く無関係に間違いでなってしまったのだ。

6年前。社内で北京語コース、ビジネス英語コース、パソコン習得コース等が定期的に行われ、社内教育の一環として受講する生徒を募集していた。その日もフライト前、ブリーフィング開始まであと10分。カウンターの上に何種類か並べられていた申し込み用紙が目に止まった。

「あっこれかな?北京語コースの申し込み用紙は・・・・っと。これだ!」

オフィスにいた人に聞いてみると、どうやら今日が締め切りらしい。ブリーフィングまであともう少し時間がある。急いで申し込み用紙に書き込み提出した。

一週間後、会社から電話があり、面接に来いと言う。

「何でだ?何で面接の必要があるのか?北京語を習うのに英語の実力テストでもやるのか?
まぁいいや。とりあえず行ってみよう!」

面接当日。ちょっと予定の時間より遅く起きてしまった。どうしよう!でもとりあえずシャワーは浴びとかなくちゃな・・・。髪も半乾きのまま服もその辺にあったものを着て、会社には時間ぎりぎり間に合った。息も落ち着かないまま部屋に通された。

ドアを開けると、4人もの面接官がいた。私の所属する客室乗務員部のお偉い方達が顔を見事にそろえていた。

「なぜだ。なぜなんだ?そんなにも重要なのか?この北京語コース。たくさん受講希望者でもいるのか?大げさだな~これは・・・申し込むんじゃなかったな~。」

それから、英語でペラペラと説明が始まり、馬鹿な私でもさすがにおかしいと思い始めた。それは、お給料形態の説明がされ始めた時だ。

「基本給は今までどおりですが、基本給にプラスオフィスで働いた分の時給xxドルが加算され、残業手当はつきません。役職手当も特別にはありません・・・。」

「はぁ?なんだなんだ?オフィスで働いた分役職手当?」

戸惑う私に更に追い討ちをかけるように最後の質問。

「どうして外国人であるあなたが香港の会社で香港人クルーを教えてみたいと思ったのですか?またどうしてインストラクターをやってみたいと思ったのですか?」

「やってしまった。そういうことか・・・。」

一瞬後悔はしたが、負けず嫌い且つ究極の楽天主義な私。これも天から舞い降りてきた人生の転機、チャンスだと直感してしまった。しかも、5年も香港にいて、この仕事に就いて毎日英語で生活をしていながら、北京語コースの申請書とキャビンクルーインストラクター用申請書と間違えたなんてそんな恥ずかしいことは絶対に言えるものか。

私が絶対になれないと思っていた職業はスチュワーデスの他に二つある。1つは、高速バスの運転手。緊張するとすぐお腹が痛くなってトイレに行きたくなる。プレッシャーに弱いし、自律神経がかなり過敏な方だ。高速なんか走って30人ものお客様を乗せたりなんかしたら、次のパーキングエリアまでなんて我慢できる自信なんか全くない。すぐに高速を降りてしまったら、高速バスの意味がないだろう。

もう1つは学校の先生。学生時代、席替えがあっても必ず窓際の一番後ろの席をキープしていた。早弁のためではない。居眠り常習犯だからだ。それでも、数学の時間には教壇の前の席に座らされ、それでも居眠りをしてしまい、先生に黒板用に使っている大きな三角定規の15°のところで刺されたことがある。

「香港人と日本人が感じる良いカスタマーサービスには大きな違いがある。日本人としてのホスピタリティーとサービスマインドを外国人なりの見方で、D社から教えられたサービスをもっとより良いものにしていくためのサポートをしていきたい。」そう答えてしまっていた。それからは、また別の部屋に通され、20分のプレゼンテーションと90分の英語のテストを終えた。

インストラクターなってから6年、新人30クラス(総勢600名)の授業をさせてもらった。新人だった子達がもうフライトパーサー昇進のクラスにやってきた。考えたら最近では、新人のインストラクターが私にアドバイスを求めてくるようになった。

最初は1時間の授業でさえ家で5時間くらい準備をして、一人鏡の前に立って授業のシミュレーション。(誰かが見てたら、かなり怖い。)それでも授業では緊張して手なんかガタガタ震えていたのになぁ・・・。今ではマニュアルなしで教室に入っていけるようになったし、5時間でも何時間でも、二日酔いでさえも授業ができる。むしろ二日酔いの方がスムーズに授業がすすむくらいだ。私一人外国人で生徒はすべて香港人、孤独と疎外感を感じない日はなかった。何度も泣いたし、広東語が話せないことをハンディだと思っていた。でもそれはマイナスではなくプラスになることもある。広東語が話せれば尚強みだが、人には興味のあることとそうでないことがある。(と自分を納得させている。)現実は現実として、素直に受けとめ外国人対香港人の付き合い方ができるようになった。

間違いでなってしまったインストラクターだが、ならなかったら気づかなかったことがたくさんある。お腹も一度も痛くならなかったし、授業を病欠したこともない。昔、注射が死ぬほど大嫌いだった。自分の番が来るのを待っている間は「いやだ~!絶対注射なんか無理ぃ~!」と思っていても、実際順番が来てやらなくちゃいけなくて、終えてしまったら「痛かったけど、死んでないじゃん。」みたいなそんな感じだ。

この仕事11年やっても、まだまだ満足の域には程遠い。わからないこともたくさんある。超えても超えてもまだまだ続くハードル。だからフライトやるのも教えるのもおもしろいんだな~。定年まであと10年。足りないな私には。いったいトラック何周しちゃうんだろう・・・・。でも、誤解があってはいけないのであえて声を大にして言っておく。

私は欲張りだ。俗にいう負け犬だが、もちろん結婚もしたいし、子供も産みたい。
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by dragonsommelier | 2005-03-29 11:33 | チャレンジするということ